ハリケーンや地震による自然災害、殺人事件、不慮の事故などで亡くなる方があとを絶たない。
犠牲になった被害者たちが、私たちより罪深い存在であったのかといえば、それは違う。
ルカによる福音書13章1節から9節の聖書の御言葉に注目したい。
今から2000年前、ガリラヤ人たちが災難にあって犠牲になったことを、ある人々がイエスに伝えた。
イエスは「犠牲者たちが、他のガリラヤ人以上に罪深かったのか?」と問い、「そうではない、悔い改めなければ同じように滅びる」と言われるのである。
さらに「シロアムの塔が倒壊して死んだ18名が、エルサレムの住民以上に罪の負債ががったのか?」と問われ、同じ言葉で答えられる。
「そうではない、悔い改めなければ同じように滅びる」と。
また、ヨハネによる福音書では、生まれつきの盲人に対して、目の見えない原因は「誰(本人や両親)の罪でもなく、神の御業が現れるためである」とイエスは言われる。
このように聖書は、因果応報を教えていない。
悔い改めなければ滅びる、と言われたイエスは実らないイチジクの木のたとえを語られる。
ある人が自分のぶどう園に、3年間イチジクの木を植えておいたが、実らなかった。
「土地をむだにふさいでいるから、実らない木は切り倒してしまえ」と主人は園丁に告げる。
けれど、園丁は主人に「今年はこのままに、肥料をやって見ます。それで来年になっても、実らないのでしたら切り倒してください」と答る。
このたとえの園丁に、裁きを遅らせるために取り成してくださる、我らの主イエス・キリストの姿を見ることができる。
悔い改めなければ滅びる、しかし、神は忍耐強く裁きを遅らせ、私たち悔い改めて実を結ぶように待っていてくださる。
ここに神の愛がある!
人類に残された唯一の救いの方法は、悔い改めてイエス・キリストを信じ、クリスチャンとなることである。
そして神の律法に従い、愛と行いによって、主の御心を行なうことである。
「私はよみがえりであり、命である。私を信じる者は、たとい死んでも生きる、生きていて、私を信じる者は、いつまでも死なない、あなたはこれを信じるか」 ヨハネによる福音書11章の御言葉
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- 2008/06/15(日) 16:41:54|
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クリスチャンとして真面目に信仰を守り通して生きて行こうとする時、サタンは攻撃を仕掛けてくるものです。
神の人類救済作戦の最前線に立たされているので、多くの挑戦があることでしょう。
(教会の牧師や先生には、さらに多くの霊的な戦いがあることでしょう)
だから、私たちクリスチャンは、聖書の御言葉を絶対と信じ、主の御名を唱えて勝利を得るしかありません。
イエス・キリストが私たちを贖って下さったので、クリスチャンには勝利が約束されています。
だから、聖書の教えている、勝利の約束を信じて、祈り行動しましょう!
巷ではイエス様を信じて「ハッピー!」と浮かれている人がいるそうです(確かにハッピーな部分も多いでしょう)。
しかし、それでは安易すぎると言っても過言ではありません。
(クリスチャンになっただけで歩みを止めて、妥協して生きていくのであればそれでかまいませんが……)
クリスチャンになれば霊的な戦いがあるというのが現実ではないでしょうか。
けれど、聖書は必ず神は勝利するので、クリスチャンは悪魔に立ち向かえ!と命じています。
「……神に従いなさい。そして、悪魔に立ちむかいなさい。そうすれば、彼らはあなたがたから逃げ去るであろう。神に近づきなさい。そうすれば、神はあなたがたに近づいて下さるであろう。……」(ヤコブ4・7,8)
このゴールデンウィーク、合宿などのイベントが計画されている教会も多いことでしょう。
そこで英気を養い、日々の霊的な戦いに備えをして欲しいものです。
私自身、休みの後半は、ゆっくりと過ごす予定でいます。
(このサイトの更新は、少しの間お休みします)
主が豊かに、神の約束を信じるクリスチャンを祝福して下さいますように!
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- 2008/05/03(土) 10:10:25|
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今日はイースター、主は復活の朝、マグダラのマリアたちに「平安あれ」と言われたのです。
私たちの救い主は、十字架上で人類の罪の贖いを成しとげ、三日目に死人のうちから復活されました!
毎年、この時期には新しいことが神から示される。
直接、神の声を聞くとかいう類ではない。
そのような体験をしてみたい気もするが……。
示されると言うのは説明が難しいのだが、○○するように導かれているように感じることである。
これでノンクリスチャンの方にも、大体のイメージは分かってもらえることだろう。
自分は信仰を持って行動するだけで、結果は主に委ねることにしている。
だから、全力で事にあたるのである。
人生を振り返ってみると困難なことは多かったから、神の導きなしには今日まで生きられなかっただろう。
さて、他の宗教になくて、キリスト教にあるものとは何であるか?
それは復活だ!
他の宗教の神仏や開祖はことごとく死んだが、イエス・キリストは違う。
聖書に書いてあるとおり、蘇えって死をも制服された。
そう、クリスチャンには復活が約束されているのだから、恐れることはないのである。
色々な困難や挑戦があるだろうが、それは受難の金曜日なのだ。
約束の三日たてば、必ず復活の朝が待っている!
クリスチャンは死という絶望の淵からも復活することができる。
しかも、耐えられない苦しみを神はお与えにならないのだから、クリスチャンは大胆になれる。
復活の朝、イエスが開口一番語られたのは「平安あれ」や「おはよう」と翻訳されている言葉で、ヘブライ語ではシャローム(Shalom)になるだろうか。
希望に満ちたこの短いイエス・キリストの言葉が、今年のイースターでは心に響いた!
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- 2008/03/23(日) 17:07:00|
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